「握髪吐哺(あくはつとほ)」は「良い人材を求めるのに情熱を注ぐこと」を意味します。
出典は「韓詩外伝(かんしがいでん)」。中国の前漢の韓嬰(かんえい)が故事や逸話などを、「詩経」と関連づけて解説した説話集です。
この書物に周の建国に功績のあった周公旦の以下のような言葉があります。
「一沐三たび髪を握り、一飯三たび哺を吐きて猶お天下の士を失わんことを恐る」
(風呂に入っていても何回でもすぐ髪を絞って乾かし、ご飯の途中でも何度でも口の中の食べ物を吐いて、すぐに人材に会えるようにしても、まだ良い人材を見逃しているようで怖い)
当時、周は成立直後でまだ安定しているとは言いがたい状態でした。
周公旦は病で死んだ初代王、武王の息子、まだ幼い2代目の王、成王の摂政として中央で国の安定に尽力しました。
そのため地方の治世に周公旦は息子の伯禽を当てることにしました。「握髪吐哺」のエピソードは周公旦が息子の伯禽に言った言葉です。