悪いことは小さいことでもしないよ「悪木盗泉」

  • 2016/08/10 12:55:07

「悪木盗泉(あくぼくとうせん)」「困窮してもわずかな悪事にも近寄ることをしない」という意味です。悪に染まることの戒めの意味でも使われます。

中国の南北朝時代、南朝梁の昭明太子(しょうめいたいし 501年 – 531年 名は蕭統(しょうとう))が編纂された詩文集で、春秋戦国時代から隋唐時代以前のすぐれた詩などの作品広く集めた書物です。

この書物に西晋時代の文学家、陸機(りくき 261年 -303年)の「猛虎行」という詩が収められています。

渇不飲盗泉水 熱不息悪木陰 悪木豈無枝
志士多苦心 整駕粛時命 杖策将遠尋
飢食猛虎窟 寒棲野雀林 日帰功未建
時往歳載陰 崇雲臨岸駭 鳴条随風吟
静言幽谷底 長嘯高山岑 急絃無懦響
亮節難為音 人生誠未易 云開此衿
眷我耿介懐 俯仰愧古今

渇すれども盗泉の水は飲まず熱すれども悪木の陰では息わず悪木豈に枝無からんや
志士に苦心多し駕を整え時命を粛しみ策を杖りて将に遠くへ尋ねんとす
飢えては猛虎の窟で食らい寒えては野雀の林に棲まう日帰りて功未だ建たず
時往きて歳載ち陰る崇雲岸に臨みて駭り鳴条風に随って吟す
幽谷の底に静言し高山の岑に長嘯す急絃に懦響無く
亮節は音を為し難し人生誠に未だ易からずんぞここにこの衿を開かん
わが耿介の懐いを眷(かえり)み俯仰して古今に愧ず

喉が渇いても盗泉という(悪い)名前の水は飲まない
暑さに苦しんでも、質の悪い木の陰では憩わない、ましてその木の枝でもそうだ。
志士は、このように心を配るべきことが多い。
今、私は馬車の準備をし、王の命を頂き、鞭を取って遠方へ赴こうとしている
空腹になれば、恐ろしい虎の住む洞窟の中にでも食べ物を求め、
寒さひどければ、雀がたくさんいる森にでも野宿する。
そうしてすごしているのに、私の功績はいまだに上がらず
時はいたずらに流れ去り、また一年を過ごしてしまいそうだ。
崇高な雲は川岸にそって流れていく、木々の枝は風に吹かれてうなりをあげる。
私は深い谷の底で静かに物思いに耽り、高い山の峰の上で長韻する。
強く張った弦は鈍い音を出すことは無く、調子の高い音声は、美しい音楽にならない。
人が生きていくのは本当に難しい。
胸のなかの秘めた憂いを、どうして素直に言うことができようか。
私の孤独で頑固な心を見つめながら、古人にも、今の人にも、私はただ恥じ入るだけである。

「渇不飲盗泉水 熱不息悪木陰 悪木豈無枝」の部分が「悪木盗泉」の元になり、「困窮してもわずかな悪事にも近寄ることをしない」という意味になりました。

「渇不飲盗泉水」のエピソードは孔子が盗泉という名の水を卑しい名前だとして飲まなかったエピソードが元になっているのではないかと思われます。